J2は前人気も評価も高く、N64の初期タイトルなので売れるだろうとエニックスもゲーム雑誌も皆んな思ってました。しかし結果はご存じのとおり。業界では「J2ショック」とも言われました。ところがそれがドラクエが任天堂からPSに移籍するきっかけの一因にもなったらしいです
— 平野文鳥@森のげえむ屋さん (@hirano_buncho) February 4, 2024
J2は売れませんでしたが、N64用に初期にリリースした他社のゲームもあまり売れてませんでした。コ○ミの方からはエニックスさんはまだいい方ですよ、とも言われました。(任天堂のソフトは売れてました) そこでN64に対してあるデータが浮かび上がり、そのデータがドラクエ移籍に影響したようです。 https://t.co/DvfrrrgefR
— 平野文鳥@森のげえむ屋さん (@hirano_buncho) February 4, 2024
そのデータの詳細は控えますが、当時のエニックスの方針である「ドラクエは1人でも多くの方々に楽しんでもらう為に一番売れているゲーム機に提供する」から外れたようです。ちなみにSCEのある方からは、J2をPSで出してたらいろんなタイプのファン層がいるから絶対売れてただろうと言われました。 https://t.co/zydx7XAB3f
— 平野文鳥@森のげえむ屋さん (@hirano_buncho) February 4, 2024
※
https://ja.wikipedia.org/wiki/ワンダープロジェクトJ2_コルロの森のジョゼット
少女のアンドロイドを育てるのでキモオタ向けのギャルゲーと思われた
アレが本気で売れると思っていたなら頭おかしい
セガサターンじゃないんだから
当時のエニックスの方針である「ドラクエは1人でも多くの方々に楽しんでもらう為に一番売れているゲーム機に提供する」から外れたようです。
その方針になるのはこの話の後付け的に出た話
移動するときにはまだその方針自体が無いんだよ
他に出したのってゆけゆけトラブルメーカーズとか?
なんかどれも微妙にオタくさくなっちゃったんだよなあ
俺はピーノ好きだったからジョゼットも買って楽しんだけど
CMがセンス悪すぎた
あとゲーム後半尻窄みしすぎ
オタ風の男がテレビ画面の女キャラ(ジョゼット)とキスしようとするCMだったからな…
しかもあんな意味不明なCMだったしむしろ健闘したほうだわ
パッと探してニコ動しかなかったけどこれはマジでCM酷いからな…
ワンダープロジェクトJ2 CM
https://www.nicovideo.jp/watch/sm2465089
ハードシェアは少ないのに任天堂のソフトだけはまともに売れてた
この人によるとコナミはもっとひどいって言ってたって話だけど
パワプロとかゴエモンの軸足は64だったし
コナミは上手くやってたはずだよな
人の話をそのまま信じちゃダメだぞ
ただの慰め
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30万本か...
時効だから話しますが、J2は問屋に30万本買ってもらいました。実際、誰もが売れると思ってたんです。しかし蓋を開けてみると10万本にも満たない購入結果に…。当然ながら期待して買った小売店は在庫処分しざるえなかったのです。自分もワゴンに積まれたJ2を見て「ああ終わったな、俺」と思いました。 https://t.co/j5aV9qfY8h
— 平野文鳥@森のげえむ屋さん (@hirano_buncho) February 4, 2024
いや終わってるのはこいつの思考だろ
1がwikiによると10万本なのに30万とかどんな根拠よ
そりゃソフトの出揃ってない64のキラーとしてなら本数ある程度期待するだろ
そうじゃなくてな
1が売れなかったけど評価が高かった
それで中古価格が高止まりしたんで、問屋が「今度は売れるぞ!」と思いこんで30万本の注文が来た
ところがどっこい、今回も10万本しか実売が進まなくてワゴーン、って話
間に問屋があったころの話だよ
そもそも64は発売年のソフトラインナップがこんなだぞ
エニックスの発売ソフト
1996年11月22日 N64 ワンダープロジェクトJ2 コルロの森のジョゼット ギブロ
1996年12月6日 SFC ドラゴンクエストIII そして伝説へ… (移植版) ハートビート
1997年6月26日 N64 ゆけゆけ!!トラブルメーカーズ トレジャー
1997年11月27日 SS 七ツ風の島物語 ギブロ
1997年12月18日 SS 忍ペンまん丸 タムタム
1997年12月23日 PS RIVEN THE SEQUEL TO MYST
1998年6月25日 SS 日本代表チームの監督になろう! トーセ
1998年7月30日 PSハローチャーリー!!
セガサターン 1994年11月22日発売
PlayStation 1994年12月3日発売
サターンとPSが盛り上がったってことだろうけどJ2はほぼ関係無さそう
どれが覇権取るかどれなら売れるかソフト出しながら様子見だろ
ソフト価格もPSは5800円なのに対し64は9800円
印象に残るものの買うまでには至らない、J2はそんなソフトだった
そりゃ当時のPSみたいな母数の多いハードで出したほうが売上は絶対に良かっただろうし
当時の64ユーザー層とか販売台数を考えりゃどん判案件では有るわな
むしろ、移籍によるエニックスの印象ガーってとか言っちゃうのは
そもそも客をまともに観ておらず、(自分の考えた)良いものを作れば必ず売れるはずだって傲慢な気がするんだが
そりゃあの当時のPSの勢い覚えてたら「そうだわなあ」って思うよ
とにかくまんべんなく売れてるPS1
大作以外はショボくなっていったSFC
任天堂以外は売れない64
一部だけが色々頑張ってたパターン
ポリスノーツの製品版より体験版のほうが売れた3DO
✕パターン
◯サターン
SFCで10万
N64で7万
普及台数を考えればよく売れてる
J2の残り23万本はどこに消えたのか?
消えてない
ワゴン行きで当時のランキングの集計外になった
実質あれ売れなさすぎてメモリーパックより安いワゴンになってたからな…
ちなみにCMにも言及しとるぜ
めちゃ不評だったJ2のCM。実はあのCM用のコンテは複数ありました。個人的にはジブリアニメのような雰囲気のCMを希望したのですが予算的にも時間的にも絶対無理ということで、他のコンテがコンセプトからズレてダメだったせいもあり選択肢がアレしかなかったんです。
— 平野文鳥@森のげえむ屋さん (@hirano_buncho) February 4, 2024
>>295
続き
CM作った広告部と代理店は、あれはギャルゲーファンに訴求したら売れそうだと考えていたのかも知れません。なにしろ新しいタイプのゲームだったので伝え方が難しかったんでしょう。
その点、ピーノのCMはよく出来ていたと思います。— 平野文鳥@森のげえむ屋さん (@hirano_buncho) February 4, 2024
でもメモリ少な過ぎてアニメーション枚数クッソ減りそう